2009年5月14日木曜日

9-5.木造レンガ積みの家/本物の乾燥木材はないのか?


本物の乾燥木材はないのか?

 レンガ積みの家とは言え、構造は木造の家である。だから、Yさんが「木材」に目を向けるのは当然の成り行きである。そして、この時まず問題になるのが、構造材に無垢材を使うか集成材を使うかということである。

 僕は、高気密・高断熱住宅を造り始めてから構造材は集成材を使う様にしてきたが、その理由は、無垢材はその乾燥状態が把握し難く、乾燥が不十分だと竣工後に木材の乾燥が進む事で狂いが出てきて家の気密性能が損なわれる懸念があるからである。その点、集成材は乾燥が容易なラミナと呼ばれる薄い板を張合わせ作っているので、狂いの心配はなく、部材の強度もばらつきなく安定している。

 構造用集成材は、初期の一九四〇年代頃にはレゾルシノール樹脂接着剤が用いられていたが、これはホルムアルデヒド系の接着剤であったため、七〇年頃にはホルムアルデヒドを含まない水性高分子イソシアネート系接着剤が開発された。しかし、レゾルシノールによる集成材はすでに長期間の暴露試験において剥離等の問題がないことが確認されているが、イソシアネートはまだその歴史が浅く、レゾルシノールより耐水性が劣るので湿潤環境での使用は避けた方がよい、という見方がある。

 しかし、高気密・高断熱住宅とはそもそも内部結露を起こさないための高気密なのだから、構造材が湿潤状態に置かれるという悪条件を想定する必要はなく、乾燥状態が不確かな無垢材を使用するリスクからみれば、圧倒的に構造材としての信頼性が高いと僕は考えていたのである。

 しかし、この頃からだったと思う。僕自身の中でも、「確かな乾燥材があるなら、国産の無垢材を使ってゆきたい」という思いが強くなっていた。それは勿論、自然素材ブームに乗った消費者から「無垢」という希望を聞く機会が増えてきたという背景もあるが、それだけではない。どちらかと言えば、無垢材の可能性をよく吟味しないまま、扱い易い集成材に安易に走ってしまったのではなかったか、という自分自身に対する反省が頭をもたげてきたのである。

 実は、もっぱら木造住宅の設計をしているという設計者でも、木の事がちゃんと分かっている設計者というのは少ない。だから、構造材として無垢の木を使う時には「乾燥」が極めて重要なポイントになる、ということを認識している設計者は殆どいない。

 木は含水率が約30%以下になると収縮し、それ以上になると膨張する。これを「繊維飽和点」といい、この繊維飽和点より含水率が低くなるほど木材の強度が増して来る。さらに含水率が20%以下になると、腐朽菌や変色菌に犯され難くなる。その他、乾燥材には切削、接着、塗装、薬剤処理などの加工性が良くなり、保湿性が良くなるという風に、僕が気にしている「狂い」の問題以外にも様々なメリットが出てくる。否、乾燥材でなければ集成材に敵わないのである。

 さて、一般に、人工乾燥材がKD材と呼ばれているので、「KD材」と指定しておけばそれで良いと思っている設計者も多い。KD材というのはKiln Dry Woodの略で、Kilnは乾燥機を意味する。海外から輸入された木材の梱包に「KD」という表示をよく見かけるが、しかし、これは単に「人工乾燥機を使って乾燥した材」であるということに過ぎない。日本では木材の乾燥程度を日本農林規格(JAS)によって規定し、建築様針葉樹製材の乾燥度を含水率によってD25、D20、D15と3種類に分類している。即ち、これは含水率が25%、20%、15%以下であることを示している。

 我が国の平衡含水率(大気の湿度と平衡した状態)はおよそ15%であるから、木材の含水率も人工乾燥機で15%程度まで乾燥させられればいい訳だが、今の乾燥技術では柱材、梁材などの太い材を精々、20%程度まで落とすのが限度であるため、後は家が建ってから徐々に構造材の乾燥が進み平行含水率に達することになる。その時、重要なのは、含水率20%の材であっても、材の芯までムラなく一定の乾燥状態にある、ということなのである。そうでなければ乾燥が促進される中で、材に歪みや割れを起こしてしまう可能性がある。

 しかし、柱材のような断面寸法の大きな製材品では、表面は乾燥しているが内部は高含水率であるということがよくある。このような状態を「含水率傾斜がある」と言うが、木材は単純に乾燥機にかけただけではその表面から乾燥が進み、芯部の水分はなかなか抜けない。だから表面が過乾燥になってひび割れを起こさない様に水蒸気を吹きかけながらゆっくり乾燥させるなど、様々な方法が取られている様だが、その詳細は夫々、木材メーカー、製材所の企業秘密である。

 では、製材となった木材の含水率をどうやって調べるのか、と言えば、「全乾法」という測定方法が最も正確な含水率を求めることができる。これは調べる対象の木材からサンプルを切り出し、最初にそのサンプルの重さを計っておいた上で、試験用の乾燥窯で全乾する。取り出したサンプルは中に含まれていた水分が抜けて軽くなっているから、最初の重さから差し引いた値がそのサンプルに含まれていた水分量ということになるから、簡単に含水率を求める事ができるし、切り出したサンプルの断面から夫々の部位の含水率を計測するのも容易にできる。但し、この全乾法は被験対象からサンプルを切り取らなければならないというのが欠点で、実際に使われる柱などからサンプルを切り出す訳にはいかない。

 そこで現場ではもっぱら含水率計が用いられることになるが、針葉樹の構造用製材品の日本農林規格では、乾燥材の含水率測定は認定された機種を使い、一材面につき三カ所、四材面で十二カ所の平均値をその材の含水率としている。しかし、「平均値」では各部位における含水率のばらつきがどの程度あるのか分からない。
 また、実際にこれらの含水率計が被験対象の表面からどの程度の深さまで正確に計測できるのか、と言えば、これについては林産試験場からそのデータが公表されている。それを見ると、まず、含水率計は表面から深さ二十数ミリまでの平均的な含水率を測定していることが分かる。これでは柱材などの芯部の含水率は分からず、本来問題とすべき「含水率の傾斜」を確認する事ができないということになる。

 さらに、そんな含水率計でどこまで全乾法に近い値がでるのかといえば、これも林産試験場がその試験データを公表しているが、含水率が20%以下では、割と表示される数値のズレが少ないが、含水率がそれ以上多くなると値が結構ばらつく傾向にある様である。即ち、含水率計によってどれだけ正しい含水率が求められるかと言えば、これが相当怪しいのである。

 いずれにしろ、信頼性の高い確かな乾燥材を作るには非常に手間のかかることであり、木材価格の安さからすれば、殆どそんな手間ひまをかけた材を作っている余裕などない、というのが現状であり、流通している殆どの木材が乾燥の不十分な、あるいは乾燥にムラのある材であると考えていいだろう。
 
 伝統工法で家づくりが行なわれていた時代には勿論、人工乾燥機などなかったから、葉枯らし乾燥(伐採した丸太を葉をつけたまま自然乾燥させること)などで自然乾燥した材を用いていたので、今よりもずっと含水率の高い材使っていたということになる。しかし、生材(乾燥しきっていない材)は柔らかく柔軟性があり、粘りがあるので加工する時に割れ難く、昔の大工さんは木の性質を熟知していたので、材が組み上がってから乾燥して収縮する時にしっかり固定される様に仕口や継手の刻み方を工夫していたのだという。

 昔の家は今と比べれば遥かに時間をかけて作られていた。棟上げをして屋根を急いで掛けても、例えば、壁一面を作るのに昔は合板や石膏ボードといった「面材」がなかったので、下地として竹小舞を編んでは土壁(荒壁)を塗り込んで乾かし、さらに中塗り、上塗りとその都度乾かしながら塗り込んでゆくという左官工事ひとつをとっても、今では考えられない時間がかかっている。そうやって家がゆっくり造られてゆく中で木材の乾燥もゆっくりと進み、馴染んで行った。

 しかし、今はそんな時間のかけ方は望むべくも無い。そんなことをしていたらいくらお金があっても足りない。だからこそ木材の人工乾燥が必要であり、確かな乾燥木材が求められるのである。僕もYさんもまずはネット上にある「木材乾燥」に関する情報をかき集めては打ち合わせの時に持ち寄り、検討を重ね、その中でやっと一社、僕らを納得させてくれそうなメーカーを見つけ、資料やサンプルを取り寄せてはいたが、この問題は最終的に工務店が決まるまで懸案事項として残される事になった。

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