2009年5月3日日曜日

7-3.家づくりを共に楽しむ/打ち合わせの時間が楽しい


家づくりは打ち合わせの時間が楽しい

 このハウスメーカーでは契約が成立して本格的に設計の打ち合わせが始まると、専属のインテリアコーディネーターが付く。内装の床、壁、天井などの仕上げ材や、トイレ、洗面化粧台、システムキッチン、ユニットバスといった設備機器、そして照明器具などの選定のお手伝いをしてくれるので、同時に何件もの物件を抱えているメーカーの設計者にとってはありがたい存在である。僕にとっては、ちょっとありがた迷惑な存在ではあったが、

  今回Mさん夫妻の新居の計画に付いてくれたのは三十を少し過ぎたばかりのバリバリのキャリアウーマンFさんである。契約後の打ち合わせは、通常プランを詰めてゆく時間が必要となるが、プランはその後大きな変更もなかったので、早速、船橋支店のショールームでコーディネーターが仕上げ材のサンプルを揃えて施主説明に入る。ハウスメーカーでは、例えば、床のフローリングなら、標準仕様はこの五種類ですから、この中からお好きな物をお選び下さい、というように、次々とサンプルをテーブルの上に広げてゆく。

 しかし、悲しいかなそうした標準仕様は殆どかねてから「新建材」と呼ばれている、表面だけ美しく見せた石油化学系の建材である。Mさん夫妻ばかりでなく僕自身も、その中から選べと言われても選び様がない。なかなか決めてくれない客にコーディネーターのFさんが少しずつイライラしてくる様子を楽しんだ後、僕は自分で持ってきたフローリングのサンプルを取り出した。

「標準仕様ではありませんが、こんなフローリングもありますよ。これはドイツのモミの木を3層に張合わせたものですが、表面を“浮づくり”と言って、木目に添って凹凸ができる様に加工したものです。」

 そう言って僕はサンプルを差し出し、
「どうぞ、床において足で踏んでみて下さい」と言ってM氏を促した。

「これは足触りが何とも言えませんね」

M氏はそう言って、婦人にも同じ様に足で踏んでみる様、促した。

 このフローリングはたまたま事務所に飛び込みで営業に来た業者が置いて行ったものだった。いかにもツルッとした表面加工が施された合板フローリングに比べ、表面に凹凸のある無垢の板の感触が素晴らしく、ぜひ何処かで使ってみたいと思っていたが、やはり値段が高いためなかなか使う機会がなかった代物だった。

「夏はベタつかなくていいかもしれませんね」

「こうした加工は足触りの良さだけでなく、足の裏に凹凸による空気層ができるので、夏は涼しく、冬は暖かく感じるのです」

婦人が漏らした感想にそう応えると、M氏は
「打ち合わせの度に驚かされますね」と言って、婦人と顔を見合わせた。

 その日は内装について一通りのサンプル説明がなされたが、決定したのは僕が持ち込んだ浮づくりのフローリングだけだった。それでもM夫妻はそのサンプルを手に、ニコニコしながらショールームを後にした。当然、おかんむりだったのはコーディネーターのFさんである。

 ハウスメーカーでは勿論、社内に設計のスタッフを抱えているが、多くの場合、独立した設計事務所と契約して、メーカーの設計士として働いてもらっている。設計料は安いが、仕様は決まっているし、プランを作ればメーカーの専用のキャドソフトが自動的に他の図面を作ってくれるし、積算までしてくれる。現場の監理をする必要は無いし、数さえこなせば、自分で散々営業してやっと小さな住宅の仕事が一軒取れる苦労を考えれば、ずっと安定した収入が得られるのだから、設計事務所の多くがハウスメーカーの下で働いている、というのが現実である。インテリアコーディネーターなら尚更、ハウスメーカーやインテリア関連企業に付いていなければ食えない職業である。コーディネーター料も勿論、安いから、ひとりで多くの物件を抱え、兎に角、効率よくこなしてゆかなければ割に合わない。

 メーカーの設計士もインテリアの話しになると、コーディネーターに任せてしまうのが普通で、コーディネーターの方も、その方が自分のペースに客を引張る事ができるので都合がいいと言える。しかし、僕の場合はちょっと勝手が違った様だ。Fさんが薦めるものを僕がことごとく否定するのだから、やっていられない。

 営業のY君もこうした打ち合わせにできるだけ参加し、施主とのコミュニケーションを深めることに心掛けているが、打ち合わせの空気を察知して、時にはFさんをそれとなくなだめたり、突然まるで関係ない話しを持ち出して場の雰囲気を盛り上げようとおどけてみたりする。しかし、施主のM夫妻にとっては、そんな見え見えのやりとりが面白いらしく、なかなか決まってゆかない打ち合わせの中にあっても、始終ニコニコと笑みを絶やさない。打ち合わせの中では、Y君と僕が殆どボケとツッコミのような役割を演じているので、始終爆笑が起こり、深刻なお金の話しに沈んでいる他のブースの営業マンからお叱りを受けることもしばしばあった。

「あんな楽しそうな打ち合わせができて、羨ましいですよ」と、後で他のブースで打ち合わせをしていた営業マンに声を掛けられるが、
「家づくりは、打ち合わせの時が一番楽しいものですよ」と、僕は答える。

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