2009年5月17日日曜日

10-1.「高気密・高断熱」後/案を選ぶのではなく、人を選ぶ?


案を選ぶのではなく、人を選ぶ?

 木造レンガ積みの家の計画が暗礁に乗り上げていた頃、ネットの住宅コンペで当選し、房総半島の田圃の中に一軒の住宅を計画していた。結婚してからその殆どを海外で暮らしていた子供のいない元商社マン夫婦が、老後を田舎で畑を耕して暮らすための小さな家の計画だった。33社もの応募の中から選ばれたと言えば、さぞ素晴らしい案だったのだろうと思われるかも知れないが、しかし、どうもそうではなかった様だ。設計契約の後、
「どうして私が選ばれたのか、その理由を教えていただけますか?」
という僕の質問に、施主の答えは、
「うちに一番近かったから」
だったのだから。

 勿論、これは施主のウィットに富んだ応えであると僕は思っている。でも、施主がその時住んでいた家から事務所までは、自転車で十五分とかからない距離であった事は確かだった。コンペ時点での情報では、建設地の大体の情報はあっても、施主の名前や現住所などは臥せられていたから、それは施主に会ってはじめて分かったことだった。

 コンペが締め切られて暫くしたある日、突然、電話がかかってきて、その日の内に施主である老夫婦が事務所を尋ねてきた。下準備も無しに、突然の候補者面談である。その時は、自分が提出した計画案について一通り説明し、いくつかの質問に答えただけだったが、その時の印象では、僕の案は施主にとっては殆ど満足のいくものではなかったようだった。それで、施主の要望事項を改めてヒアリングし直し、プランの修正を行なうことになった。翌週、はじめて施主のお宅を訪ねた僕は、施主がその後、船橋近郊の他の設計事務所2社との面談を行なったことを知った。老夫婦はそれを隠さず、それぞれの事務所の印象を語ってくれた。これは施主の陰謀だったのかも知れない、と後で気付いた事だが、他の2社も同じ様に変更案を作っているに違いないと僕は思い、それから二ヶ月の間に十案に及ぶ変更案を作る事になってしまった。

 十案目でやっと納得の表情を見せた施主の口から「契約」という言葉が出た時に、同時に基本設計が終了したのだった。こうなってみると、あのコンペはいったい何だったのか、という気になって来るが、この施主にとっては案を選ぶのではなく、まず、人を選ぶことが主眼だったのかも知れない。ずっと気になっていた他の2社には一案も訂正案を作ってもらう事なく、最初の面談の後、すぐに断りの電話を入れたのだと言うことだった。

 ネット上に公開された施主の選考理由には、こう書かれてあった。
たくさんの応募案を頂いて 何を基準にどうやって選んだら良いのかと悩みました。
取りあえずは 我々の好みに合う上に、打ち合わせしやすい事を重視して近県の方を中心にと選んでいきました。じっくりと相談に乗っていただきながら、家作りを楽しみたかったものですから。
 建築設計士さんとお会いするのは「お見合いのようなもの」だと云われますが、正にその通りでした。
 皆さん素晴らしい概念をお持ちで、お人柄も良く、さすが専門的な知識が豊富と、出来るものならそれぞれの方と一緒に家を建てたいと思わされました。
 野平氏は偶然にも現在住んでいる我家にとても近くにお住まいでした。頻繁な打合せに苦も無く気軽に行き来できます。 
 我々の不確かな希望にも的確な資料を見つけてこちらの考えを助けてくれるし、構造や断熱の知識にも信頼がおける。 
 何よりも 住まいのスタイルの「好み」が似ていると云うのが大きく、楽しみながら一緒に家作りをしたいと思っています。
お陰様で やっとスタートです。
再度御礼を申し上げます。有難うございました。

 
 住宅の設計をする時に一番困るのは、設計契約をする前にプランが見たいという施主の願望である。設計事務所としては、プランの作成は最も重要な仕事であるから、本来、契約をしてから安心してじっくり取り掛かりたいと思っている。しかし、施主には自分の家がどうなるのか分からないのに契約などできない、という気持ちがある。そんな気持ちも分からないではない。これが大先生ならその名前だけで安心して契約してもらえるのかも知れないが、巷の得体の知れない設計事務所では相手に信頼されて任せてもらえる術を持たない。それで、仕方なくサービスでプランを描かなければならなくなってしまう。このジレンマを突き抜けるには、やはり名のある建築家になるしかないのかも知れない。そう、案で選ばれるのではなく、人で選ばれる様に。

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