2009年5月11日月曜日

9-2.木造レンガ積みの家/知らなかった釘の盲点


知らなかった釘の盲点

 Yさんが家の建て替えを思い立ったのは、廊下の床板の一部が抜けてしまったのがきっかけだった。床を剥がして中を覗いてみると根太を留めていた釘がボロボロに錆び付いて折れていた。それを見て、木造住宅はおよそ釘で留められてできているのだから、まず、錆びない丈夫な釘で造らなければダメだ、とその時思ったそうである。

 そんな話しを聞いて、確かに僕自身、釘についてこれまであまり考えた事がなかったことに気付かされた。しかし、釘について書かれた文献は非常に少なく、昔の「和釘」についてなら建築史家がその著書の中で触れているものがあるが、現在一般に使用されている釘について調べようと思っても殆ど情報が得られない。唯一、エクスナレッジという建築関係の出版社から「釘が危ない」という本が出ていたので中を覗いてみると、なかなか興味深い話しが載っていた。

 一般に構造用合板を木造住宅の耐力面材として使用する時には、N50釘を150以内のピッチで留めなければならないとされている。しかし、N50釘という釘は関東では殆ど売っていないというのである。それで、早速、近所のホームセンターに行ってN50釘があるかどうか確認してみると、確かにN50釘は売られていなかったのである。では、実際にはどんな釘が使われているのかというと、FN50釘という梱包用の釘が使われているらしい。FN50釘はN50釘よりも径が細く、釘頭も小さい。明らかに強度の劣る釘が使用されているのである。
 さらに、今の大工さんは昔の様に釘を口にくわえて一本一本金槌で打つ訳ではない。釘打機を使って一気に打ってゆく。圧力が弱いと釘頭が出てしまうので、通常、圧力を高めて打つらしいが、釘頭の小さいFN50釘では容易にその釘頭がボードの中にめり込んでしまう。そうなると、面剛性を確保しようとする時に、さらにその強度を弱めてしまう事になる。こうした釘についての盲点は、この時はじめて知った事だった。このように、建築主からプロであるはずの設計者が教えられ、勉強になる事は度々ある。

 自らも釘について色々調べていたYさんが、今度、釘のメーカーに話しを聞きに行くことになったので一緒に行かないか、と誘いの電話をかけてきた。安田工業というその会社は安田財閥の創始者、安田善次郎が、東洋で初の製釘事業として起業したという歴史のある会社であったが、その割には本社は神田のこじんまりとしたビルのワンフロアにあった。

 Yさんと僕は竹橋の駅で待ち合わせて、約束の時間に訪れると、ミーティングルームのような什器が揃った部屋に通され、そこで会社の説明や先に述べた様な現在使われている釘の問題点についてブリーフィングを受け、当社が作っているスーパーLL釘というステンレス釘を紹介してもらった。

 スクリュー釘の様に螺旋の溝が付いた釘で、螺旋の溝と溝の間に滑り止めの刻みが入っており、驚いたのは、径はN50釘とあまり変わらないが、直径で倍近い大きな釘頭が付いていた。これなら打ち込んでも抜け難く、釘打機で強く打っても釘頭はまず木材の中にめり込む心配はなさそうだった。ステンレスなので錆びについての問題は格段に少ないし、強度的にもN50釘の比ではなさそうだった。

 Yさんは家の建て替えの動機が「釘」であったため、やっと理想の釘に出会えた思いだったのかもしれない。一般に釘は大工さんの日当に含まれているのが慣例だから、値段の高い釘を大工さんに指定するのは酷だと思ったのだろう。Yさんは新しい家に使う釘を総て自分で購入し、現場に支給することにした。高い釘と言っても家一軒分を用意したところでその差額は5万円くらいなものである。木造住宅にはいい釘を使わなければ、という強い想いからすれば何て事は無い。

 長年、釘を売ってきた安田工業の担当者にとっても、特に業者でもない一般の人がこれ程釘に関心を持ってくれたことが嬉しかったのかも知れない。このスーパーLL釘は、普通の釘より釘頭が大きいため一般の釘打機が使えず、この釘を使うには専用の釘打機を買わなければならないところを、Yさんの熱意に動かされて、現場が始まったらその専用の釘打ち機を貸してくれることになった。こうしてYさんの家づくりは「釘」を見つける事から始まったのだった。

(写真 左:FN50釘、中:N50釘、右:スーパーLL釘)


参考文献:木構造建築研究所 田原HP
「釘が危ない!」(エクスナレッジ)保坂貴司

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