2009年5月28日木曜日

11-4:長寿命住宅への課題/スェーデン式地盤調査の問題



スェーデン式地盤調査の問題

 さて、施主との設計監理契約が取り交わされると、晴れて本格的に設計という本来の業務に取り掛かれる訳だが、すでに基本設計が終了しているので、敷地のどの位置に建物を配置するかも決定済みである。建物の配置が決まれば、どのポイントで地盤調査を行うか、ということを明確に決める事ができるので、その時点で晴れて敷地の地盤調査を行なうことになる。地盤の安全性を確認しておかないと、どんなに素晴らしい家が出来上がっても不動沈下で家が傾いてしまっては元も子もないし、もし何らかの地盤改良工事が必要となれば、そうした隠れてしまう部分の予算も予め考慮に入れた設計をしなければならないからだ。

 「木造レンガ積みの家」では、以前あるハウスメーカーが営業で勝手に地盤調査をしてくれたのだという。通常、ハウスメーカーでは、契約前に本来なら十万円はかかる地盤調査、測量調査、役所調査という事前調査の三点セットを五万円位でやってくれる。ハウスメーカーにとっては五万円の損になる話しだが、これが顧客獲得の巧妙なテクニックなのである。客は多少でもお金を払うと、そのお金を無駄にしたくないという心理が働くので、この事前調査を行なった客の殆どがそのメーカーと契約することになる。五万円は有効な営業経費なのである。だから、地盤調査だけではあっても、ハウスメーカーの営業マンがただで地盤調査を申し出たというのは、相当見込みのある客と踏んでいたのかもしれない。しかし、その営業マンはYさんという人を良く分かっていなかった様だ。そんなサービスがあだになってしまうとは考えても見なかったのだから。

 Yさんご自身が土質工学の専門家なのである。その地盤調査報告書を手にしたYさんは、その調査のいい加減さに閉口したのだと言う。報告書の内容についてYさんが色々指摘したところで、建築の知識どころか、地質工学の知識など全く持ち合わせてはいない営業マンには返答のし様がない。一気にYさんの信頼を失った営業マンは退散し、その地盤調査報告書だけがYさんの手元に残されたのだった。
 設計者であっても勿論、そうそう地盤に詳しい訳ではない。内容は極めて専門的であったためその詳細は把握していないが、地盤調査にまつわる様々な問題について僕が知ったのは正直その時が初めてだった。

 現在、スウェーデン式サウンディング(SS)試験結果から支持力を求め、住宅の基礎形式・構造に反映することが一般的に行われる様になり、裏付けとなる地盤の許容応力度や基礎の構造方法などについての法令も整備されて来たのだが、実は、住宅の不同沈下(軟弱地盤などの要因で、建物が不揃いに沈下を起こすこと)事故は一向に減っていないという。

 その原因はSS試験そのものにあった。この試験は、先端に金属製のスクリューポイント(やりの様な鋭い
先端部)を取り付けた金属棒の上部に重りを載せて回転し、貫入させる方法を取るが、金属棒が深さ25cm貫入するまでにかかった半回転数を使って地盤の許容応力度を算出するものである。許容応力度とは地盤の硬さ、支持力の強さを意味する。

 ところが、地盤の「支持力」と「沈下」は全く異なる現象なのである。即ち、SS試験では支持力を求め
る事はできるが、沈下を判定することができないのである。SS試験の欠点は、地盤の見かけ上の強さだけを見て、土自体の性状を全く確認する事がない、ということにある。地盤を構成している土が、砂質なのか粘土質なのか、関東ロームなのか、土の性質が不同沈下に大きく関わっているのである。

 本来、一般にボーリング調査と呼ばれる標準貫入試験を行うのが現在最も信頼性の高い地盤データを得る事ができるのだが、住宅の様な小さな建物に対して1本20万も30万もする調査を行うのは施主の負担が大きいので、安価なSS試験を採用する事になる。そのため、山を削って谷を埋め、平らにした宅地造成地などではSS試験では判定できない不同沈下事故が起こってしまうのである。

 地盤調査の結果データを地質工学の知識を持った専門家が検証し、地盤調査報告書を作成してくれるところはまだ良心的な調査会社と言えるのかも知れないが、そのデータ自体が間違っている場合がある。実は、先端に取り付けるスクリューポイントが磨耗しているために、貫入の際、空回りして回転数が多くなり、柔らかい地盤を硬いと過って判定してしまうことがある。日本工業規格(JIS)には「最大径で3mm程度以上減少したものは使用しない方が良い」との記述があるだけで、基準が明確になっていないため、調査を行う作業員自体、その使用限界を知らないまま作業が行われていることが多いのである。だから、我々設計者は必ず現場に立ち会い、スクリューポイントの外径をチェックし、その写真を調査報告書に必ず添付させる様にしたい。

 地盤についてはまた逆のケースもある。首都圏地域のいわゆる関東ロームなどの特殊土は、SS試験ではかなり過小評価された結果が出て軟弱地盤と評価され、無用な地盤改良工事の負担を施主がかぶってしまう様な場合もある。

 また、地盤調査会社の多くは自社で地盤改良工事を行う会社である場合が多く、さらに、地盤保証などを付ける場合、地盤改良工事が必要である、という調査結果を意図的に引き出し、しっかり自分達の仕事を確保している業者も珍しくはないのだという。

 Yさんの専門的な話しを聞くまでは私もそうだったのだが、住宅の設計者は建築の設計の中でも意匠設計がメインの設計者であり、地盤については専門外ということで業者任せにしている場合が多く、その点では施主の利益を守るべき設計者が、その役割を十全に果していないとも言えるのである。この「地盤」は正に最も目に見えない部分であり、その重要性を教えてくれたのはあのYさんだった。

 「田園を眺める家」の地盤調査は、専門家のYさんが師と仰ぐ人で、学会の重鎮となっている先生が営む
地盤調査会社に依頼した。この会社は自ら地盤工事を行なわない地盤調査専門の会社で、当社のウェブサイトにも載っているが、SS試験では分からない土の性質を、手回しで金属製の筒を掘り下げてゆくハンドオーガーという器具を使って土を直接採取し、確認するようにしている。直接、土を見て、触れてみること、その土地の土質を知る事が調査の基本であり、それなしに地盤を判定する今のSS式地盤調査に疑問を呈するその道のプロの言葉は重い。
 「大地に還る家」は、目に見えないものの本質に迫るものでなければならない。


参考文献:アートスペース工学HP
     「土質調査の基礎知識」(鹿島出版会)小松田清吉

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