2009年5月25日月曜日

11-1:長寿命住宅への課題/エコロジカル・フットプリント


エコロジカル・フットプリント

 最近、新聞やニュースなどで「持続可能な社会」という言葉がよく登場する様になった。これは地球温暖化という現実とも密接にリンクしているが、今、こうした問題を誰もがより身近に感じることができる「エコロジカル・フットプリント」という新しい指標ができている。

 これは、人間がどれほど自然環境に依存しているかを分かり易く示すもので、人間活動により消費される資源量を評価・分析し、人間一人が持続可能な生活を送るために必要な生産可能な土地面積として表したものである。簡単に言えば、人間一人が使っているエネルギーの量を土地面積に置き換えて表したもと言ってもいいかもしれない。

 例えば、これを各国で比較してみると、日本人が必要とする生産可能な土地面積は2.3ha、アメリカは5.1ha、カナダは4.3ha、インドは0.4haで、世界平均では1.8haとなる。このままではちょっとピンとこないかもしれないので、ちょっと分かり易いもので比較してみよう。

 では、皆さんは「一坪」という面積の単位がどんな風に決められたかご存知だろうか。実は、1坪というのは、人一人が平均して一日に食べる量のお米が取れる田圃の面積を表したものである。一反(いったん)は、一坪の360倍で、人一人が1年間に食べるお米ができる田圃の面積となる。これをm2に直すと、1,190m2で、haにすると、0.119haとなる(約34.5m角の面積)。これが日本人一人が一年間お米を食べる為に使っている面積ということになる。

 勿論、我々はお米だけを食べて生きている訳ではないし、その他、様々な活動のためにエネルギーを使っている。しかし、日本人のエコルジカル・フットプリント2.3haというのは、その19倍以上の大変な面積であること分かるだろう。

 そして、地球上で気候資源が程よく恵まれている陸地の一人当たりの面積が西暦2000年で約1.5haという資料と照らし合わせると、世界平均のエコロジカル・フットプリント1.8haというのは、その1.2倍ということになる。即ち、人間活動は実際に使える地球上の陸地面積をすでに超えてしまっている、ということである。

 「田園を眺める家」はそのネーミングの通り、前面に広がる田園風景を一望できる200坪余りの敷地の中に建つ平屋の家である。車でたまたま通りかかった時に、分譲されていたこの土地を見て一目で気に入り、夫婦でここに移り住む事にしたのだと言う。近くの農家から別に土地を借りていて、一年前から、そこに季節の野菜を植え、その手入れの為に毎週船橋から車で一時間半かけて通っているとのことだった。ヨーロッパ、アメリカ、そして香港で暮らし、定年を迎えて日本に帰ってきた夫婦が選んだ第二の人生は、自ら畑を耕して暮らすという晴耕雨読の生活だった。

 しかし、設計条件はもっぱら農家の家を造る事ではない。キッチンには一般家庭にあるシステムキッチンの他に、採れた野菜を洗ったり保存したりする広い土間を確保しなければならなかったが、海外で集めたアンティック家具が所狭しと置かれるリビングやダイニング、和室などは、旧来の友人や海外から遥々尋ねて来る客をもてなすためのスペースであり、特にダイニングはこの家の最も象徴的な場所として南面に飛び出すように配置されている。実はこのダイニングの位置が決まらなくて十案もプランを描き換えた様なものなのである。

 この老夫婦は、ヨーロッパにいた時には、食事はいつも戸外のテラスで取っていた。だから、ダイニングの他にそんな屋根付きの大きなテラスを造り、そこで食事がしたいという希望だった。僕自身、イタリアでの生活や、夢のリゾート計画でお話しした会社の社長が持っている広大な敷地の中の古い建物のリニュアルのためにフランスの片田舎に二年に一度くらいのペースで呼ばれ、その都度、2〜3週間缶詰になっていた時など、戸外で取る食事の楽しみがよく分かっていた。ヨーロッパとはそんな穏やかな気候の土地だった。しかし、日本はやはりちょっと気候が違うし、ここは田圃のど真ん中で風を遮るものも何もない。実際に戸外でくつろげる日はそう多くはない筈だ。それに、小さな家のつもりが、施主の膨らんでゆく希望でどんどん大きくなり、予算的な面でも何かマジックを考える必要があった。そこで僕が選んだ解決法は、ダイニングをテラスに見立てることだった。ダイニングは丁度六帖の広さの長方形のスペースで、その長方形を縦に配置し、短辺となる南側全面を総てガラス張りにしたのである。枠も見せない様にすることで内と外の境界を消し、あたかも外界と空気が繋がっているテラスのようなダイニングを演出したのである。そして、そこから見える風景は一面の田園である。

 僕はこの敷地に立ち、まだその苗が伸び始めたばかりの水面を眺めながら、すでに人間の活動が実際に使える地球上の陸地面積をすでに超えてしまっている、というエコロジカル・フットプリントに思いを馳せ、世界を飛び回っていた商社マンが、晴耕雨読の生活に立ち返ろうというこの「田園を眺める家」が、「大地に還る家」の出発点として相応しいもののように思えた。

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