2009年4月28日火曜日

6-1.開放的な高断熱・高気密住宅/本の出版



本の出版

 当時、ハウスメーカーなどでは、高断熱・高気密商品が盛んに売り始められていたが、高価な発泡プラスチック系の断熱材を使った「外張り断熱」住宅は、価格的にどうしても高くなってしまうのでハウスメーカーとしても二の足を踏んでいる、という状態だった。僕自身も、他の設計事務所との差別化を図ろうと、「高断熱・高気密」を売りに活動していたが、それが成功したかと言えば、全く当てが外れた、というのが正直なところである。小さな設計事務所が大々的に宣伝活動を行う資金力がある訳ではないし、首都圏に住む一般の人の中にも「高断熱・高気密」という言葉はある程度、認知されて来ていたとは思うが、それがいったいどんな住宅なのか、そんな家に住んだ事のない人達にとっては「高断熱・高気密」の意味も良く理解されていない、という状況だった。

 高断熱・高気密住宅は、ビニールシートですっぽりと包まれたペットボトルのような家と言われ、「日本の気候にそぐわない、自然の摂理に反した家づくりだ」と揶揄する反・高断熱高気密派との間で、激しく論戦が繰り広げられていたのも丁度、この頃である。高断熱・高気密派は理論を武器に相手を説得しようと試みるが、反・高断熱高気密派はイメージ戦略で返して来る。一般消費者はイメージに弱いから、どうしてもそちらの方に引張られてしまう。そして、そんなイメージ戦略を牽引していたのが論理や技術に長けていた筈の設計事務所だったのである。

 例えば、こうだ。

「日本の家は高気密化が進んでしまったために、結露やカビ・ダニの発生という不健康を生み出してしまったのだ。」

 だから、高気密はいけないと言う。これを聞くと皆は成る程そうだ、と思ってしまう。そして、この言葉だけを取り上げれば、決して間違ってはいない。しかし、これは全くナンセンスな話しだ。「高気密化した」ことと、高断熱・高気密の「高気密」は全く意味が違う。高気密化してしまったのは、今までの伝統的な家づくりの意味を忘れて透湿性のない新建材や合板で固められてしまったからであり、高断熱・高気密における高気密には次の3つの意味がある。

1) 室内で発生した水蒸気が外壁内に侵入して結露を起こすのを防ぐ。
2) 家全体の隙間をできるだけ少なくする事で換気損失を減らす。
3) 計画換気を可能にする。

 北海道では、高断熱を施すと内外の温度差が大きいので、室内で発生した水蒸気が壁内に侵入し激しい結露を起こしてしまう。だから高断熱には高気密が欠かせなかった。それがそのまま高断熱・高気密と呼ばれる様になったのである。「高気密化」という言葉を、高断熱・高気密に絡めてイメージさせる上手いやり方ではあるが、そこには大きな誤解がある。

 巷には結構、高断熱・高気密絡みの本が出ていたが、それらはおよそ強引に自分達の工法の良さを吹聴するための宣伝本ばかりだった。「外張り断熱」は元々、本州由来の工法で、壁体内に空気を循環させることで内部結露を防止し、自然の力で家の中を暖めたり涼しくしようというアイデアを活かす為に軸組内に断熱材を挿入する事ができないので外張りとなった、という歴史があり、そもそも高断熱・高気密を意識したものではなかったが、それでも高断熱・高気密のひとつの方法として外張り断熱をというものがちょっと脚光を浴びる様になって来ると、今度は従来の繊維系断熱材メーカーと新興の発泡プラスチック系断熱材メーカーとの間で、「充填断熱」対「外張り断熱」という構図が生まれ、消費者そっちのけで断熱材メーカーの内輪もめのような状況が続いていた。

 僕は、高断熱・高気密住宅に特化した設計事務所にしようと考えた時から、巷ある様々な断熱工法について資料をかき集め、こつこつと調べてはそれらを理解する為に自分なりにレポートをまとめていた。そもそも、気密シートを貼る充填断熱が巧くいかなかったことに起因しての事だったが、現場の職人さん達に高断熱・高気密を理解してもらうための資料づくりが必要だと考えてのことだった。

 確かに本州の人は暑さ寒さに強い。首都圏ではどんなに寒いと言ったって死ぬほどのことではない。だから、伝統的な夏を旨とした家づくりが向いているのだ、ということも分かる。しかし、僕は首都圏で生活を始めてひとつ気付いた事がある。北海道の冬はからっと晴れて太陽を拝める事が少ない。雪が降っていなくてもいつもどんよりと厚い雲のかかった重苦しい天気の日が多かった。ところが、こちらは結構冬場は雨も少なくからっと晴れている事が多いのである。だからこそOMソーラーという巧いアイデアが生まれたのだと思うが、高断熱・高気密的発想からすると、熱損失の少ない家にして、大きな窓から日差しを入れればそれだけで日中は暖房など必要がないくらい暖かい家になるのだ。太陽の沈んだ夜には、その大きな窓は逆に熱損失の大きな部分となるから、内戸などを閉めて熱損失を防ぐ様にしてやればいい。そして小さな暖房機ひとつで家中を暖める事ができるのだ。

 僕の元にはいつの間にか丁度本一冊分にはなる原稿が溜まっていた。どこのメーカーから頼まれたものでもない、できるだけ客観的に様々な断熱材や百を超える工法、その他、高断熱・高気密にした時の暖房の方法について、そして、温暖地における高断熱・高気密住宅についての自分なりの所見をまとめたものである。そんな本は今までありそうでなかったから、実用書を出しているような出版社に持ち込めば、上手く乗って来るかも知れない。そんな期待を込めて、空いた時間を見つけては手当たり次第、出版社に問い合わせのメールを出した。しかし、それはやはり甘い期待でしかなかった。

 半年もの間、出版社にメールを投げ続けたが、原稿自体読んでもらう事ができない。そして、とうとう原稿を読んでもらえるところを見つけ、読んでもらったが、やはり快い返事をもらうことはできなかった。後は自費出版を考えるしかないか、とも思ったが、営業経費とは言え、その頃の事務所にはそんな冒険ができる資金はなかった。そんな風に諦めかけていた時だった。もう随分前に打診して、なしのつぶてだったある出版社から一本の電話が入り、それがきっかけで僕の原稿は「究極の100年住宅のつくり方」という本になって全国販売された。

 元々は、「開放的な高断熱・高気密住宅をつくる」というタイトルだったが、そんなことはどうでもいい。自分の原稿が本になって、人に読んでもらい、少しでも高断熱・高気密住宅というものを知ってもらえるならそれで良かった。勿論、本が売れて印税が入るならそんな嬉しい話しはない。しかし、この手の本がベストセラーになるような期待はサラサラなかったが、本を読んで僕に住宅の設計を依頼して来る人が何人かでも現れる事を願っていたことは確かだ。

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