2009年4月27日月曜日

5-4.外張り断熱の家/建築を見て、建築主を見ない

建築を見て、建築主を見ない

 設計事務所の仕事というのは、上手く行って当たり前、ほんのちょっとした事でも施主が不満に思うところがあれば、それだけで総てを否定されてしまうところがある。設計を進めてゆく中で、一緒に家づくりを楽しみ、一緒に完成を喜び合える事を願って一生懸命頑張っても、現実には何かしら予想もしなかった問題が起こったりすることもある。殆どは解決することができるのだが、そうはいかない事もある。こうした問題の原因の大半は施主と設計者とのコミュニケーション不足にある。特に、住宅においてはそれが総てだと言っても過言ではない。

 大きな建物の場合は、その建設資金は税金であったり会社のお金であったりするから、身銭を切る訳ではない施主の担当者は、設計者に対してそれほど厳しい目を向ける事は少ない。しかし、住宅はそれを建てる施主にとっては人生の中で最も大きな買い物となる訳である。だから当然、設計者に向ける要求は最も厳しいものとなる。

 建て売りなら、出来上がったものを施主が見て判断する事だから設計者は直接,施主に向き合う場面はない。しかし、設計事務所が住宅を設計するという時には、誰ひとりとして同じ人間がいないのと同じ様に、家族は皆違うのであり、常に特殊解を求められているということでもある。だから、その施主にとって最も相応しい解を見出す事が、設計事務所の存在価値だと言ってもいいだろう。そうした中で、常に合格点をとらなければならないとしたら、それに応えるのは至難の業だ。

 建築というのは実に煩雑な仕事である。小さな住宅一軒でも様々な職種の人の手が入っている。だから問題が発生する箇所は多岐に渡っている。設計者自身が図面を間違えるかも知れない。工務店が見積もりを間違えるかも知れない。大工さんが納まりを間違えるかも知れない。左官屋さんが指定したタイルを間違って発注してしまうかも知れない。電気屋さんが配線を間違えるかも知れない。現場でのことは、工務店の優秀な現場監督が付いてくれていれば、おおよそ上手く行くだろう。でも、最終的に何か問題が残されたまま竣工してしまうと、設計者の監理責任を問われることにもなる。

 だから僕は常々、どんな些細なことでも施主に報告することにしている。自分の評価が下がる様なマイナス情報も、である。設計において自分が間違いを犯していた時には、施主に謝って現場で変更させてもらうこともある。情報開示は施主と設計者の信頼関係にとって欠かせないものなのだ。現場で大工さんが間違って施工してしまったところは、きちんとやり直してもらうが、そうしたことも施主にはちゃんと報告をさせてもらっている。そうすることによって、施主もつぶさに現場の状況を把握できるし、最終的に大きな問題が発生して施主を狼狽させるようなことを未然に防ぐことができるのである。

 建築の設計という仕事に就いて、僕は暫くの間、施主の存在を知らずに建築だけを見て、考え、過ごして来てしまった。その事は先に書かせてもらった僕自身の経歴を見れば明らかである。独立して住宅の設計を始める様になって、やっと施主という存在に気付き始めたと言ってもいいだろう。その中で、色々な失敗を経験することになるのだが、その失敗は常に、施主とのコミュニケーション不足が原因なのだ。

 よく、医者は病気を診て病人を診ない、と批判されるが、僕らも同じなのだ。設計者は建築を見て、建築主を見ていない。僕もまさにそんな設計者であったのだ。未だに一枚の設計図面を見ながら、一緒に見ている施主の頭の中にも当然自分と同じ空間が描かれていると錯覚してしまうことがあるが、自分がいつも相手の立場になって考えてみる、ということは、分かっていてもなかなかできないものである。でも、そうしなければ相手の気持ちを汲み取ることができないのだ、ということに気付く事ができただけで、随分、施主を不安な気持ちにさせずに済むことができるようになるものである。

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