2009年4月21日火曜日

4-2.失敗に学ぶ/あえて困難な土地に

あえて困難な土地に

 当時,僕は埼玉県の志木市に、3LDKのマンションを借りて住んでいた。小さな子供も二人いたし、いつまでも賃貸でお金を払っているのももったいないから、「家でも、、」という話になって来る。景気も一向に回復する気配はないし、実際に,仕事も先細りになってきているのに、とてもそんなことは考えられないと僕は思っていたが、妻の親が援助するからと迫って来る。確かに高い家賃をこのまま払い続けることを考えれば、ローンを組んでも月々の支払いはさほど変わらない。そこで、早速、土地探しを始める事になった。

 建て売りでも買うなら、そう苦労はないかも知れない。しかし、設計事務所をやっている人間が建て売りなどに住むわけにはいかない。と言って、いざ探し始めてみると、なかなかいい土地は見付からない。面積が広くて安くて便利な、そんな三拍子揃った土地などそうそうあるものではない。例えあっても何か決定的な問題を抱えている土地であるか、あるいは「建築条件付き」の土地である。この「建築条件付き」というのは、その土地を買うと、家を建てる時には必ずその不動産屋が指定した工務店を使わなければならない、という条件であるが、不動産屋が土地の手数料だけでは飽き足らず、工務店からもピンハネしようという見え見えの条件である。そんな不動産屋にくっついているくらいだから、工務店の実力というのも知れたものだ。設計事務所の仕事などしたことのない、いい加減な工務店ばかりである。この建築条件を外してくれる不動産屋もあるが、外すと土地の値段がぐんと跳ね上がるのである。その分が工務店から入るリベートなのだ。

 結局、住んでいた地域ではやはり坪単価が高く、千葉県までエリアを広げる事になった。当時はまだインターネットも普及していなかったから、千葉に住んでいた妻の友人から地元の不動産情報とか新聞チラシなどを送ってもらい、休みになると、車で地元の不動産屋巡りをした。埼玉ほどではなかったが、それでも条件の揃った土地はやはりなかなか手の出る値段ではなかった。そんな中で見つけたのが崖の様な急斜面の土地だった。埼玉県は割と平坦な地形であったが、千葉県の東京寄り、船橋近辺の土地は以外と起伏があり、傾斜地にコンクリートで高い擁壁を立て、家を建てているところが多かった。

 見つけた土地は、東斜面の土地で、道路に面して2階分くらいの高さでコンクリート製の車庫があり、その横の階段を上り切ると、上が平坦になっていた。でも、それも道路に面した前半分ばかりで、敷地の真ん中にコンクリートの擁壁が立ち、その後ろは地山の斜面がそのまま残されている。四十坪ばかりのひょろ長い敷地だから、平坦な前半分だけではとても家が建ちそうもない。だから、地主がコンクリートで折角、車庫を造っても、十年あまりも買い手が付かなかったのかも知れない。おまけに斜面上の敷地境界にはさらに古くて高い擁壁が立ち、また、南隣の敷地はこの敷地よりもさらに高い擁壁の上に家が建っており、南の陽光を遮っていた。よくこんな所に人が住んでいるものだ、と廻りを見渡しながら感心したが、それでもあまり悪いイメージは持たなかった。北隣の土地は地山の斜面に雑木林が残されていて緑が美しかったし、すっぽりと開けた東側は、家々の屋根の上を目線が抜け、向かい側の保存緑地となっている斜面まで遮るものは何もなかった。

 どんな困難な条件であっても解決してみせる、という気概がなくてはこの仕事はやっていられない。だからって、わざわざ困難な道を選ぶ必要はないのだが、世の中には以外とそんなあまのじゃくがいるものである。そして僕ももしかしたらそんなあまのじゃくの一人なのかも知れない。それは、この敷地に何らかの魅力を感じていた妻も同類なのかも知れないが。

0 件のコメント:

コメントを投稿