2009年4月26日日曜日

5-3.外張り断熱の家/寒い家


寒い家

 毎年、年の瀬に作る年賀状はその年に竣工した建物をコラージュしたものだ。だからそんな一枚の年賀状が営業ツールになることもある。かつて世話になった人への年賀状だったか、実家に来ていた息子夫婦がそれを見て、自宅の設計を依頼して来たのである。親が十年も前に息子の為に用意していた土地があったから、家にかけられるお金はある程度余裕があったと言えるだろう。

 敷地は北側が運河に面した住宅街の一角で、南側のリビングでは、近接する隣家の裏窓を望む事しかできない。それで僕は思い切って北側リビングの家を提案した。大きな吹き抜けのあるリビングに大きな開口部を取り、運河沿いに咲く桜を一望できる家にしようと考えた。一般に、南に向いた窓から景色を眺めると逆光になるから、景色を眺めるには北側の窓が向いているのだ。南の光はトップライトから入れる。窓はその目的に応じて分けて考えて良いのだ。

 お風呂からも桜が見たい,と言うので、リビングの吹き抜けの中を貫通して外に飛び出した浴室を二階に造った。主寝室や子供部屋は二階のバルコニーに面して南側に配置する事ができるので、環境としては申し分がない。

 床は三十ミリもある無垢の板をフローリングとして張り、壁は二色の漆喰を塗り重ね、独特の雰囲気を出した。外壁も高価な砂岩調の塗り壁としている。
 北側にリビング・ダイニングを配置し、大きな窓を取っているので、外張り断熱を施しても寒さには注意しなくてはならないが、FF式の暖房機一台をダイニングに置き、断熱サッシを使っても壁面の1/5程度しか断熱性能はないからリビングの大開口はヒートロスが大きい。そこには暖房機の余熱を利用したパネルヒーターを窓下に置くことでコールドドラフト(冷気の下降)を防ぐようにした。夏場はトップライトのブラインドを閉め切ることになるが、冬場は少しでも温かな日差しをリビングに入れる事ができる。

 初めての土地だったので、工務店を探すのに苦労したが、地元のいい工務店を見つける事ができた。設計事務所の仕事もよくやっているとのことで、施主と共に実際に建てている住宅を見学させてもらうこともできた。
 外張り断熱についてはまだ経験のない工務店ではあったが、進取の気性のある社長で、ぜひやってみたい、ということだったので、外張り断熱なら初めてでも問題はないだろうと判断し、その工務店に工事をお願いする事となった。

 若い担当者が付き、ちょっと歳の行った二人の大工さんが工事を進めていったが、この現場が始まってからは、しきりに大工さんから直接、事務所に電話が入る事になった。週一回のペースで現場に行ってその都度、図面の細かな部分について打ち合わせをしていたが、毎日の様に大工さんから納め方の確認やら、分からない所の説明を求めて電話がかかって来たのである。しかし、これは決して煩わしいことではなかった。設計事務所の仕事をした事のない大工さんなら、勝手に自分で判断して設計図と違うことをやってしまい、何度も手直しをしなくてはならなくなるのだ。それに比べたら、設計図の意図をちゃんと理解して造ってゆこう、という気持ちが伝わって来るし、リアルタイムで現場の状況が把握できるのだから、こんなありがたい話しはないのである。

 サッシを取り付け、外張り断熱の施工が済むと、その時点で気密測定を行う。現場を見れば必要な気密性能がでているか殆ど判断できるので、今はあまりやらなくなったが、気密測定を行うと、施工不良箇所がすぐに分かるのである。気密測定とは、家中を閉め切った状態で家の中の空気を抜いてゆく、という作業をする。家に隙間がなければ、どんどん気圧が下がってゆくので、それでどの位の隙間相当面積になっているか、という数値を割り出すのである。気圧が下がらない様であれば、どこかに大きな穴が空いているということであり、そうした問題箇所は近寄るとヒューヒューと音を立てているのですぐに分かるのである。そうした箇所を探しては塞ぎ、何とか所定の数値になればオーケイということになる。

 こうして、現場は順調に進み、何とか予定通り引き渡す事ができた。しかし、僕は後に大変なクレームを受ける事になったのである。
 それは、完成して初めての正月のことだった。その施主から届いた年賀状に、
「寒くて、こんな家には住めません!」
と書いてあったのだ。

 僕は早速、電話をして状況を確認すると、
「北海道の様に、冬でもTシャツ一枚で過ごせると思っていたのに、寒くて仕方がない」と言う。流石にそこまで暖かい家を考えていなかったので、その辺の確認が甘かったと反省したが、原因はいくつかあった。まず、冬場は運河沿いに冷たい風が流れ、それを大きな北面の窓にまともに受けてしまう、ということがある。ダイニングに設置していたFF式暖房機の熱容量もあまり余裕を持たせてはいなかったし、窓下に設置したパネルヒーターではとても対処し切れなかったのだ。後は、換気システムによる熱損失が以外と大きかったのである。

 実際に訪ねてみると、確かに足下は寒い。しかし、それはあの大学の部長宅とあまり大差はなかったのだ。暑さ寒さの感覚は人によって違うものである。どこくらい暖かく、どのくらい涼しく、ということを細かくヒアリングしておかなければ、思わぬクレームとなってしまう。
 対策としては、ストーブをもう一台入れる,という事ぐらいしかなかったのだが、その後,暫く「寒い、寒い」と書かれた年賀状を毎年もらう歯目になってしまった。

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