2009年4月22日水曜日

4-3.失敗に学ぶ/住宅の怖さを知る


住宅の怖さを知る

 さて、自分の家の設計ではお金にならないから、他の仕事をしながら空いた時間にコツコツとやるしかない。まず、細長い斜面の真ん中で半階分ほどの段差のある敷地だから、スキップフロアのウナギの寝床の様なプランになる。スキップフロアとは、半階上がって部屋があり、折り返してまた半階上がって部屋がある、即ち建物の前と後ろで半分ずつ階がずれている様な建物だ。眺めが良く、日当たりも良い2階にリビングを持ってくる住宅もよくあるが、ここではとんでもない話しだ。玄関まで辿り着くのに3階まで登るくらいの階段を上らなければならないのだから。それに、東側に大きな開口を取ればリビングからの眺めは充分である。玄関は真ん中の擁壁の少し手前になるから、同じ位置の南側に3帖の小さな光庭を作る。玄関を開けると、目の前に明るい光庭がある訳だ。この光庭に面して吹き抜けのダイニングを取り、隣家に遮られる日差しをトップライトから取り入れる。そして、光庭と合わせてこの家の光溜まりとする。これで、ダイニングは朝から夕方まで一日中明るい。

 玄関から半階上がった部分は化粧室を中心に浴室、洗濯乾燥室、ファミリークローゼット、そしてトイレがある。浴室は光庭に面して大きな窓を取り、ダイニングからリビングまで見下ろす事ができる。逆に言えば、リビングやダイニングから光庭を少し見上げると、風呂に入っている人影が見える、ということでもある。しかし、家族であれば気にならないし、来客が入浴する時にはブラインドを閉めれば良い。実際に暮らし初めての感想だが、朝日が明るい朝風呂は気持ちがいいし、夜、窓をいっぱいに開けて露天風呂気分で星空を眺められる。子供達のお気に入りは、風呂に入りながらリビングのテレビが見られることだ。
 洗濯乾燥室とファミリークローゼットは、無精な妻のたっての希望だ。洗濯した下着類を何故いちいちたたまなければならないのか、干しておいたものを乾いた順番に使ってゆけば、わざわざたたんで収納する必要はない筈だ。それが洗濯乾燥室だ。ファミリークローゼットとは、家族がそれぞれ自分の部屋で着替えるのではなく、皆が一カ所、決まった場所で着替えれば、スペースも集約できるし、一家の主婦が家中に散らかった衣類をいちいち拾い集めて廻る必要がない。合理的な考え方である。決して大きな家は造れないのだから、家族の生活パターンを改めて、極力空間の無駄を省く様に心掛けなければならない。そのように造ってしまえば、そんなプランに合った生活をするようになるものである。

 リビングの上は東向きの眺めの良い客間、北側に寝室と書斎、そこからまた半階上がると子供のスペースと、隣家が外れた南側の明るく広々としたバルコニーがある。フトンや大物の洗濯物を干すスペースは何処かに必ず必要になる。

 こうしてプランはほぼ固まったが、化粧室を中心としたフロアは、斜面に半分めり込む格好になるので、ここは鉄筋コンクリート造としなければならない。しかし、ここで問題が発生した。建築物は基本的に、建築基準法によって規制されているが、県の条例によって規制を受けているものもある。崖地に関する条例はどの県にでもあるが、崖地に建築物を建てる時の規制が定められている。道路と反対側の隣地、即ち、斜面の最高部に接する隣地の高い擁壁が、認可を受けていない古い擁壁だった為、それが我が家に崩れ掛かって来ても安全な様に、コンクリートの壁を立ち上げねばならなかったのである。土地が多少安かった分、建物にお金が掛かってしまった訳だ。しかし、隣地が抱える問題なのに、こちらが負担を強いられるというのは、何か理不尽な話しではある。

 さて、小さな家ではあったが困難な敷地に建てる家であったため、当時、2週間もあれば降りる確認申請が一ヶ月半も掛かってしまった。その間に、この不慣れな土地で高断熱・高気密住宅ができる工務店を探さねばならなかったが、当時はハウスメーカーなどでは高断熱・高気密を売りにした商品が出てはいても工務店レベルでは殆ど実績のあるところはなかった。僕が木造の図面のノウハウを教わった最高に優秀な工務店でさえ、その意味をよく理解してはいなかったから、恩返しがしたいと思っていても、二の足を踏んでしまった。しかし、宛てはあった。実は、妻の実家をお願いした北海道の工務店が、千葉に支店を出していたのである。現社長の弟が支店長としてやっているとのことだったので、そこなら高断熱・高気密住宅の施工を任せても大丈夫だろうと判断し、お願いすることにした。しかし、結論から言うと、これは僕の大きな間違いだった。

 充填断熱工法というのは、挿入した断熱材の部屋内側に施工する気密シートがどれだけきちんと隙間無く張られているか、ということが内部結露を防止する上で極めて重要な意味を持っている。シート同士の継ぎ目は重ねて気密テープで塞ぎ、コンセントなどで穴を空けてしまった部分も気密テープでしっかり塞がなければならない。水蒸気というのはピンホールのような小さな穴からでも簡単に抜けてしまうからだ。特に断熱材を挿入した外側は強度を保たせる為に構造用合板で固めていたから、一度入った水蒸気は通気層側には抜け難い。だからこそ入念に気密シートを張ることが重要なのである。しかし、工務店の主がある程度分かっていても、現場で作業をする職人達にはまるでそんな認識がなかったのである。僕が現場に付きっきりで付いていれば良かったのかも知れない。しかし、そんなことは不可能だ。殆どプラスターボードが貼られてしまった状態で、全部剥がせとは流石に言えない。できる範囲で直させたが、この時点から僕は、首都圏で高断熱・高気密を行うには、まず、工務店教育から始めなければならないのか、とちょっと気が遠くなった。

 下請けで来ていた大工さんも頼りなく、殆ど引き戸になっている内部の建具も、どれも閉めた状態で枠との間に隙が出てしまっていた。断熱サッシも、普及している北海道から運んだ方が安くなるので、北海道で樹脂製の断熱サッシを仕入れてもらい、そこから千葉県まで送り、現場に取り付けたが、施錠取り扱いに不慣れな職人さん達が仕事を終えて現場を出る時に、おかしな締め方をしていたために金物が壊れ、それを修理する為にわざわざ北海道から販売店の人を呼ばなければならなかった。

 そんな失敗続きの現場ではあったが、それでも何とか自邸は完成し、新しい生活が始まった。設計者が自らの自宅を設計するというのは、本来最も純粋に設計者自らの思想を表現する作品となり、それで華々しく建築界にデビューしてくる若い建築家も少なくない。数少ないそんなチャンスを逃す訳にはいかないと考え、それ相当のエネルギーを注ぎ込むものである。しかし、人の家では決して実験することのできない数々の実験を試みて、数々の失敗を思い知らされることになった僕の自邸は、とてもそんな華やかな舞台に上がる資格などなかった。住宅の怖さを僕はやっと知り始めたばかりだった。
 

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