2009年5月31日日曜日

12-1:大地に還る家/匠の技は「暖房」に対処する術を知らない



匠の技は「暖房」に対処する術を知らない

 政府自民党による「200年住宅ビジョン」が動き出している。イギリスは約77年、アメリカが約55年、そして日本が約30年と、各国の住宅の寿命をこのように比較して日本の住宅がいかに短命であるかと語られて来て久しいが、確かにアメリカでは住宅資産が30%を越えているのに対して、日本の国富は約半分を土地が占めており、住宅資産割合は僅かに9.4%に過ぎない。イタリアの市中に暮らしていた時にも感じていたことだが、確かに500年以上も前に建てられた建物がその長い歴史を刻みながら今もその堂々たる風情を保っているのに対し、今の日本の街はどこも個性がなく薄っぺらで、家々はとても価値がある様には見えない安普請である。そんな日本もやっとスクラップ&ビルドの消費住宅から資産としての住宅へ、ストック社会へと踏み出すことになるのだろうか。

 しかし、200年住宅と言っても、200年保つ家を造るということではないらしい。20年×10回ということで、20年毎にメンテナンス、リフォームをすることで200年保たそうということらしいが、「200年」というのも何か根拠があって数字ではなく、国では以前にも長寿命住宅を推進しようと「センチュリーハウジング」というのをやったことがあるので、それでは今度は「100年」の次だから「200年」と言っているに過ぎない様である。

 しかし、日本には築後200年を経過した木造建築で、メンテナンスが全く行なわれずに今も何の支障もなく使われている建物が300棟以上あるということは先に述べた通りである。基本的に構造材として用いられている木が腐らない状況で維持されてさえいれば、木造建築は何百年でも持ち堪えることができるのである。それが現在の木造住宅においてできないのは、勿論、様々な要因があるが、気密化の促進によって湿気の逃げ道がなくなったこと、外気と室内の温度差による結露の発生といったことが主因と言えるだろう。

 即ち、千年単位の長い歴史を通して発達し、綿々と受け継がれて来た日本の木造技術とは、内外の温度差のない環境での家づくりであり、伝統的な匠の技は「暖房」という要請に対処する術を知らなかったのである。「暖房」するためにはこれまで培って来た木造の技術、即ち「湿気を溜めないための技術」をことごとく否定し、室内を外気と遮断しなければならない。そうすると忽ち「結露」の問題が発生してくる。結露が発生すると木は容赦なく腐ってしまう。「暖房」という要請は、これまでの日本の家づくりが全否定されるに等しかった。

 木造住宅の気密化が結露問題を顕在化させ、カビ・ダニの発生によるシックハウスを引き起こしてしまうのは当然の結果であり、その対処法に対する試行錯誤が始まってまだ半世紀も経っていない中にあって、「やはり伝統的な家づくりに戻ろう」という反動も当然の様に起こってくるが、「暖房」せずに昔の様に囲炉裏や火鉢で「暖を取る」、即ち「採暖」だけで冬の寒さを凌ぐ覚悟がある人なら、それで何も問題はない。しかし、声高にそう吹聴する人達に限って、しっかり空調の効いた部屋の中でそんな原稿を書いているものである。

 木造住宅における「暖房」という要請に応えるためには、科学の力を借りて「結露」という問題に対処する匠の技を再構築してゆく必要があるのである。

2009年5月30日土曜日

11-6:長寿命住宅への課題/実は、木造の構造が一番怪しい


実は、木造の構造が一番怪しい


木造住宅の安全性を検証する3つの方法

 耐震偽装事件によって、それまでプロの我々でさえ疑ってみた事も無い建築物の安全性について、その信頼性は一気に崩れ去ってしまった。構造を専門にしている設計者が、まさか耐震偽装を行なうなど誰も予想していなかったし、建築基準法においてもそれは正に想定外のことだった。お陰でそれまで性善説で成り立っていた基準法も、一気に性悪説に変わり、突然、極端な締め付けが行なわれた事によって、建設業界は官製不況に落ち入ってしまった。

 これだけ厳しくなれば、建築物の安全性はもう問題ないだろう、と思われている方が多いかもしれない。しかし、木造住宅については、耐震偽装問題とは別に、構造の安全性については未だに曖昧な部分が多々残されている。そして、多くの設計者がその問題点を知らぬまま木造住宅の設計をしているのである。

 ここでは、木造住宅の構造の安全性について実際にどのような検証が行なわれているのか、そして、どこにどんな問題が残されているのか、取り上げてみたいと思う。

 現在、建築基準法において構造計算(許容応力度計算)が必要とされているのは木造3階建ての場合のみであり、木造2階建て以下の場合には構造計算が必要とされていない。仕様規定として、壁量計算、壁のバランス、柱接合部の3つのチェックのみで、それ以外は建築士の判断に任されているのが現状であり、こうしたチェックを行ったかどうか、ということも確認申請時にはその提出を免除されているのである(今後、提出を義務付ける方向で検討されているが、)。また、旧基準法においては壁量計算のみのチェックで、壁のバランス、及び柱接合部のチェックが付け加えられたのは、関西淡路大震災による法改正の時だった。これにより在来軸組工法による木造住宅の構造的なウイークポイントが随分改善された訳だが、問題点を総てクリアーした、という訳ではないのである。

 現在、木造住宅を構造的に検証する手段として次の3つの方法がある。
1) 建築基準法の告示等で示されている方法(壁量計算法)
2) 住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)の新壁量計算法。
3) 許容応力度計算法。


建築基準法における壁量計算法の問題点

1) 計算上の耐力と実際の耐力にズレがある。
  壁量計算法では耐力壁の実験に基づき壁倍率を決めているが、垂れ壁、腰壁、間仕切り壁などの耐力を評価基準から外している。そのため、建物の実際の耐力と計算上の耐力が大きく異なり、正確な建物の耐震耐風性能の評価ができないのである。

2) 必要壁量が過小に評価されてしまう場合がある。
  壁量計算では必要な耐力を床面積1平米当たりの耐震必要壁量として定められているが、まず、その値の元となった固定荷重が低めに設定されている、という問題がある。
 2階建ての場合など、そのモデルは「総2階建て」を想定したものであるため、建物形状が複雑な場合に外壁や屋根軒先の重量、下屋の屋根重量が大きくなることが見落とされ、結果として、不整形な建物や重たい屋根の建物の場合には、必要壁量が過小に評価されてしまう場合がある。

3) 床剛性が考慮されていない。
  壁量計算法は耐震要素として壁の剛性のみを規定したものだが、実際には床にも剛性がなければ例え壁量を満たしていても耐力壁に力が伝達されず、床が先行破壊されて倒壊する恐れがある。
 例えば、外周部に面して「吹き抜け」や「階段」等が設けられた場合には、その外周部の耐力壁に力を伝達する「床」がないので、その周辺の床を通常より剛にして力を伝達するなどの配慮が必要となるはずなのだが、基準法ではこの極めて重要な要素が欠落しているのである。

4) 過剰な仕口金物
  関西淡路大震災の時に、耐力壁として筋交いがきちんと入っていても柱が土台から抜けて倒壊してしまっている、という教訓を元に、仕口金物の規定ができた。
  金物の設置方法は、告示1100号の表から求める方法とN値計算による方法の2種類が示されている。
  告示1100号の表の根拠となるN値計算法は、耐力壁が地震等の水平力を受けて両側の柱が浮き上がろうとする力を押さえ込む、柱自重の値が出隅の柱とその他の柱で一律に定められており、実質にそぐわない過大(又は、過小)な金物が設置されてしまうことがある。
  また、告示1100号の表は、計算を簡便にするため、2階建ての1階柱では上階からの引き抜き力が過大(安全側)に設定されており、必要以上の箇所に、また、必要以上に大きな金物を設置しなければならない結果になっている。

 この様に、基準法の規定ではまだまだ構造の問題に対して不備があることが分かるだろう。
 次に品確法の新壁量計算法ならどうなのか見てみよう。


品確法における新壁量計算法とは?

 品確法(住宅の品質確保の促進等に関する法律)で示された新壁量計算法では、基準法の壁量計算法における必要壁量を見直し、より実際に近い数値を採用している。
 これまでの壁量計算法では明確な評価基準のなかった雑壁についても、新たに条件設定をし、その条件を満たすものについては存在壁量として評価している。

  注目に値するのは壁量計算法で抜けていた床剛性についての評価である。床にかかる剪断力を算出し、それに見合った剛性をもつ床を適宜配置することで、耐力壁に有効に力が伝えられることになる。
 このように新壁量計算法では基準法の壁量計算法における弱点を巧く補うものとなっている。
 しかし、建物仕様が大雑把に「軽い」「重い」という2種類から選択しなければならない仕様規定になっているため、まだ実体にそぐわない部分が残されていると言える。


これなら「安心・安全」がかなう許容応力度計算法

 さて、品確法の新壁量計算法では、あらかじめ耐力要素の倍率(壁倍率、床倍率、接合部倍率)を各部位の評価法や実験に基づいて定め、それを仕様規定としてその数値を計算式に当てはめてゆくものだったが、一般に構造計算と呼ばれるのは「許容応力度計算」のことで、この計算法では実体の建物重量から必要壁量を算出して外力を求めてゆくことができる。

 即ち、標準化された仕様規定にあまり縛られることなく、どのような重量をもった、そして、どのような形状の建物であっても、実際の建物に即した構造設計が可能となる訳である。
 例えば、2階横架材(梁等)の上に柱がある耐力壁の場合にも、横架材の曲げ剛性により低減された壁倍率が算定され、より実体に見合った計算が行われる。

 壁のバランスについても、壁量計算法、並びに新壁量計算法における側端充足率より詳細な偏芯率の検討が行われる。その上で、耐力壁線間を移動する剪断力を算定し、それに見合った剛性をもつ床を適宜配置することができる。

 継手・仕口(木材同士の接合部)に用いる金物についても、架構をトータルに計算し、より実体に即した適正な金物の選定とその配置が可能となる。

 即ち、許容応力度計算によってやっとどのような形状の建物に対しても実体に即したより正確な安全性の確認ができるということである。


木造住宅の構造はまだ「安心・安全」に応えられない?

 先に述べた通り、木造2階建ての建物(住宅等)では建築基準法で構造計算(許容応力度計算等)が求められていないので、実際に最も多く用いられているのは一般的な壁量計算法である。品確法における新壁量計算法は、住宅性能表示の耐震等級2、あるいは3が求められる時に必要となるものである。(耐震等級1は基準法の壁量計算で求められる値)

 上記の3つの計算法が木造2階建ての住宅に用いられている割合を想定してみると、九割方が壁量計算法によるもので、住宅性能表示の普及状況からみて新壁量計算法が用いられているのは一割を切り、残りのほんの僅かが許容応力度計算法によって構造チェックがなされているにすぎないと言えるだろう。
    
 耐震偽装事件を受けて平成19年に改正基準法が施工されたが、それでも木造住宅の構造については未だに曖昧な状態のまま取り扱われているのが現状なのである。

 地震国日本において戸建住宅の殆どは木造住宅である。大震災の度に法改正が行われ、木造住宅の構造性能は格段に向上したと言えるかもしれない。それでもまだまだ私達の「安心・安全」に応えてくれるものにはなっていないということを知っておく必要があるだろう。


参考文献:木構造建築研究所 田原HP/ともいきの杉HP
     「木構造と耐震技術 ー木質構造の近年の動向ー」武蔵工業大学工学部教授 大橋好光
     「わかりやすい木造設計の手引」里川長生

2009年5月29日金曜日

11-5:長寿命住宅への課題/コンクリートの寿命


コンクリートの寿命

 「田園を眺める家」の地盤は、田圃を埋め立てて造った造成地で、コンクリート擁壁に囲まれて周囲の田圃より1メートルほど高く盛土されていたので何らかの地盤改良が必要になるだろうと踏んでいたが、調査の結果はベタ基礎とすればそのままで十分問題のない地盤である事が分かった。これで、見えないところに百万円あまりのお金をつぎ込む必要がなくなる。

 地鎮祭を済ませると、すぐに基礎工事に取り掛かることになるが、考えてみれば今は木造とは言っても、基礎だけはコンクリートで造ることになる。木が湿気を帯びて腐ることのない状態を保つ事ができれば、木造という架構は何百年でも保ち応える事ができる。しかし、それを支える基礎のコンクリートというのはいったいどのくらいもつものなのだろう。

 大手ゼネコンが超高耐久性コンクリートの研究に盛んに取り組んでいる、という記事が新聞に載ったのが今からおよそ3年前のことだったと思う。それが今「100年コンクリート」という言葉になって一人歩きしている様だが、耐震偽装事件で大きなダメージを受けたマンションメーカーによる起死回生の宣伝文句になっている様である。

 しかし、コンクリートというものは、砂と砂利とセメントと水を混ぜ合わせると化学反応によりどんな方法でもその殆どがコンクリートとして固まってしまうのであり、紀元前からの長い歴史がある。ローマのパンテオンはローマン・コンクリートと呼ばれる古代コンクリートでできており(鉄筋は入っていない)、すでに2000年もそのまま建ち続けている。

 鉄筋コンクリートは、19世紀にフランス辺りの花屋さんがコンクリートで成形した鉢が壊れ易いので、針金を中に入れて補強した、というのがはじまりとされているが、鉄筋コンクリートはコンクリートと鉄の膨張率がたまたま同じだったという奇跡によって成り立っている。圧縮に強いコンクリートと引張りに強い鉄筋が一緒になって無敵の構造体となった訳だが、しかし、この時、同時に宿命的な寿命が与えられてしまうことになった。

 それは、そもそもアルカリ性であるコンクリートが中性化してゆくことにより鉄筋が錆びてしまう、その錆びの進行速度が鉄筋コンクリートの寿命を決める、ということである。

 今までの鉄筋コンクリートは鉄筋が錆びてその強度が保持できなくなるまで約65年ということだったが、鉄筋が錆びる速度を落とす事で期待耐用年数を延ばす事ができるようになった。

 「100年コンクリート」という言葉は法的にも建築学会の資料にも見当たらないが、日本建築学会の「建築工事標準仕様書・同解説ム鉄筋コンクリート工事JASS5」という中に100年という数字がでている。それによると鉄筋の腐食確率3〜5%という前提がある。その上で、水セメント比が48.5〜52%とされている。

 しかし、水とセメントを合わせると固まる、というのは化学反応であり、コンクリートの水の量はセメントの40%が飽和量とされているから、それ以上の水は反応せずに出て来る事になる。では何故、飽和量以上の水を入れるのか、と言えば、コンクリートを柔らかくしないと、型枠の隅々までコンクリートが巧く入ってゆかないからである。しかし、この余分水が抜ける時に目に見えない水みちができて、後にそこからコンクリート中に空気や水蒸気、水などは入り込むことで鉄筋が錆びてゆくことになる。超高耐久性コンクリートを作るには,如何にしてこの水みちを作らない様にするか、ということなのである。

 それで大手のゼネコンが研究していたのが「耐久性改善剤」と呼ばれるもので、これによってコンクリート中の水みちや空隙を塞ぎ、鉄筋の腐食を防ごうと考えた。この耐久性改善剤の量を制御する事で鉄筋コンクリートの期待耐用年数を割り出す事ができるようになり、竹中工務店による平城宮朱雀門基壇復元工事では耐用年数500年の超高耐久性コンクリートが用いられている。

 「大地に還る家」は、当然、長寿命住宅を目指すものだからそれに見合ったコンクリート基礎の寿命が求められる。政府与党が展開している「200年住宅」構想では、『長寿命化のための基本戦略=200年もつ住宅ではなく、20年×10で“もたせる”住宅』であるという。即ち、メンテしながらもたしてゆこうという発想だが、コンクリート基礎についてはメンテしながら、という訳にはいかない。住宅を200年保たそうとするなら、200年もつコンクリートが必要になる筈である。超高耐久コンクリートを早く住宅の分野まで普及させる必要がある訳だ。

 さて、「大地に還る家」は長寿命住宅でなければならないが、最終的にはその名の通り大地に還るものでなければならない。これまで住宅が解体されると、基礎のコンクリートは現場で粉砕され、中に入っていた鉄筋は鉄屑としてリサイクルの道があったが、粉砕されたコンクリートは産業廃棄物として捨てられていた。しかし、現在、増加の一途を辿る廃コンクリートに対して、処分場の許容力はあと数年の余裕しかないという状況を踏まえて、奥村組や三菱マテリアルといった企業がコンクリートリサイクルに取り組んでいる。「大地に還る家」が実際に大地に還る頃にはコンクリートも普通にリサイクルされるようになっていることだろう。

2009年5月28日木曜日

11-4:長寿命住宅への課題/スェーデン式地盤調査の問題



スェーデン式地盤調査の問題

 さて、施主との設計監理契約が取り交わされると、晴れて本格的に設計という本来の業務に取り掛かれる訳だが、すでに基本設計が終了しているので、敷地のどの位置に建物を配置するかも決定済みである。建物の配置が決まれば、どのポイントで地盤調査を行うか、ということを明確に決める事ができるので、その時点で晴れて敷地の地盤調査を行なうことになる。地盤の安全性を確認しておかないと、どんなに素晴らしい家が出来上がっても不動沈下で家が傾いてしまっては元も子もないし、もし何らかの地盤改良工事が必要となれば、そうした隠れてしまう部分の予算も予め考慮に入れた設計をしなければならないからだ。

 「木造レンガ積みの家」では、以前あるハウスメーカーが営業で勝手に地盤調査をしてくれたのだという。通常、ハウスメーカーでは、契約前に本来なら十万円はかかる地盤調査、測量調査、役所調査という事前調査の三点セットを五万円位でやってくれる。ハウスメーカーにとっては五万円の損になる話しだが、これが顧客獲得の巧妙なテクニックなのである。客は多少でもお金を払うと、そのお金を無駄にしたくないという心理が働くので、この事前調査を行なった客の殆どがそのメーカーと契約することになる。五万円は有効な営業経費なのである。だから、地盤調査だけではあっても、ハウスメーカーの営業マンがただで地盤調査を申し出たというのは、相当見込みのある客と踏んでいたのかもしれない。しかし、その営業マンはYさんという人を良く分かっていなかった様だ。そんなサービスがあだになってしまうとは考えても見なかったのだから。

 Yさんご自身が土質工学の専門家なのである。その地盤調査報告書を手にしたYさんは、その調査のいい加減さに閉口したのだと言う。報告書の内容についてYさんが色々指摘したところで、建築の知識どころか、地質工学の知識など全く持ち合わせてはいない営業マンには返答のし様がない。一気にYさんの信頼を失った営業マンは退散し、その地盤調査報告書だけがYさんの手元に残されたのだった。
 設計者であっても勿論、そうそう地盤に詳しい訳ではない。内容は極めて専門的であったためその詳細は把握していないが、地盤調査にまつわる様々な問題について僕が知ったのは正直その時が初めてだった。

 現在、スウェーデン式サウンディング(SS)試験結果から支持力を求め、住宅の基礎形式・構造に反映することが一般的に行われる様になり、裏付けとなる地盤の許容応力度や基礎の構造方法などについての法令も整備されて来たのだが、実は、住宅の不同沈下(軟弱地盤などの要因で、建物が不揃いに沈下を起こすこと)事故は一向に減っていないという。

 その原因はSS試験そのものにあった。この試験は、先端に金属製のスクリューポイント(やりの様な鋭い
先端部)を取り付けた金属棒の上部に重りを載せて回転し、貫入させる方法を取るが、金属棒が深さ25cm貫入するまでにかかった半回転数を使って地盤の許容応力度を算出するものである。許容応力度とは地盤の硬さ、支持力の強さを意味する。

 ところが、地盤の「支持力」と「沈下」は全く異なる現象なのである。即ち、SS試験では支持力を求め
る事はできるが、沈下を判定することができないのである。SS試験の欠点は、地盤の見かけ上の強さだけを見て、土自体の性状を全く確認する事がない、ということにある。地盤を構成している土が、砂質なのか粘土質なのか、関東ロームなのか、土の性質が不同沈下に大きく関わっているのである。

 本来、一般にボーリング調査と呼ばれる標準貫入試験を行うのが現在最も信頼性の高い地盤データを得る事ができるのだが、住宅の様な小さな建物に対して1本20万も30万もする調査を行うのは施主の負担が大きいので、安価なSS試験を採用する事になる。そのため、山を削って谷を埋め、平らにした宅地造成地などではSS試験では判定できない不同沈下事故が起こってしまうのである。

 地盤調査の結果データを地質工学の知識を持った専門家が検証し、地盤調査報告書を作成してくれるところはまだ良心的な調査会社と言えるのかも知れないが、そのデータ自体が間違っている場合がある。実は、先端に取り付けるスクリューポイントが磨耗しているために、貫入の際、空回りして回転数が多くなり、柔らかい地盤を硬いと過って判定してしまうことがある。日本工業規格(JIS)には「最大径で3mm程度以上減少したものは使用しない方が良い」との記述があるだけで、基準が明確になっていないため、調査を行う作業員自体、その使用限界を知らないまま作業が行われていることが多いのである。だから、我々設計者は必ず現場に立ち会い、スクリューポイントの外径をチェックし、その写真を調査報告書に必ず添付させる様にしたい。

 地盤についてはまた逆のケースもある。首都圏地域のいわゆる関東ロームなどの特殊土は、SS試験ではかなり過小評価された結果が出て軟弱地盤と評価され、無用な地盤改良工事の負担を施主がかぶってしまう様な場合もある。

 また、地盤調査会社の多くは自社で地盤改良工事を行う会社である場合が多く、さらに、地盤保証などを付ける場合、地盤改良工事が必要である、という調査結果を意図的に引き出し、しっかり自分達の仕事を確保している業者も珍しくはないのだという。

 Yさんの専門的な話しを聞くまでは私もそうだったのだが、住宅の設計者は建築の設計の中でも意匠設計がメインの設計者であり、地盤については専門外ということで業者任せにしている場合が多く、その点では施主の利益を守るべき設計者が、その役割を十全に果していないとも言えるのである。この「地盤」は正に最も目に見えない部分であり、その重要性を教えてくれたのはあのYさんだった。

 「田園を眺める家」の地盤調査は、専門家のYさんが師と仰ぐ人で、学会の重鎮となっている先生が営む
地盤調査会社に依頼した。この会社は自ら地盤工事を行なわない地盤調査専門の会社で、当社のウェブサイトにも載っているが、SS試験では分からない土の性質を、手回しで金属製の筒を掘り下げてゆくハンドオーガーという器具を使って土を直接採取し、確認するようにしている。直接、土を見て、触れてみること、その土地の土質を知る事が調査の基本であり、それなしに地盤を判定する今のSS式地盤調査に疑問を呈するその道のプロの言葉は重い。
 「大地に還る家」は、目に見えないものの本質に迫るものでなければならない。


参考文献:アートスペース工学HP
     「土質調査の基礎知識」(鹿島出版会)小松田清吉

2009年5月27日水曜日

11-3:長寿命住宅への課題/国産材をフル活用する


国産材をフル活用する

 日本の森林のうち約60%が天然林、そして、残りの40%が人工林である。植林は江戸時代当たりから盛んに行われていたが、それが第二次世界大戦の混乱の中で一時期荒廃することになる。しかし、戦後50年代後半頃までには伐採跡地への植林が一段落し、60年前後に生じた炭や薪の需要の拡大に伴って70年代に入る頃まで民有林において毎年30万ヘクタールの規模で造林が拡大して行った。

 燃料としての需要に対しては若木や間引き伐採される、いわゆる間伐材で用は足りたが、高度経済成長期に入ると、それは石炭、石油にその座を奪われ、木材はパルプや住宅用材としての需要が急激に高まってゆくことになる。そこで、国の造林政策が後押しする中、雑木林の山を持っていた農家がよりお金になるスギやヒノキを植えるようになり、全国に膨大な杉林ができた。

 人工林はそもそも人間の経済的価値に基づいて、それこそ人工的に作られた植生なので、苗木を植えたら後は放っておいても勝手に自然の中で大きくなる、というものではない。造林、保育、間伐、伐採という手間のかかる一連の作業が適時適切に行われなければならない。

 しかし、この時点では国内には利用可能なまでに成長した人工林がまだ少なかったため、この時期を通じて丸太輸入の自由化が段階的に実施されることになる。
 すると、日本の林業は高度経済成長に伴う労務費等の経営コストの上昇、労働力の都市部への流失、高齢化の進行、山里における過疎化が進み、間伐などの手入れが行われず、放置されていった人工林はどんどん荒れ果ててゆくことになった。

 国際市場経済の波に飲まれた日本の木材は現在、昭和58年のピーク時と比べると、1/7〜1/8の値段になっているというのだから、如何に林業がひとつの生業として成り立たなくなっていることが分かるだろう。そしてそんな日本の人工林の約三割がすでに危機的な状況にあるという。

 一本の苗木が住宅の構造材として使える大きさになるまで60〜70年かかる。そして戦後60年、人工林は荒廃し続ける中にあって、すでに主伐の対象となる樹齢に達している木が多く残されているのである。
 林業に携わる人達の多くが低賃金、出来高払いというような労働を強いられている現場の雇用構造から抜本的な改革が必要となるが、合理化によるコスト削減に勤めながら、今まさに日本の林業の再構築を図り、国内の森林資源の活用を真剣に考える時が来ていると言えるだろう。その為には、まず国が率先して日本の森を守る施策を講じなければならないことは明らかである。

 さて、「大地に還る家」の方針として「できるだけ石油化学建材を使わない家づくりをしよう」と言っているので、この「できるだけ」という言い方は、逆に言えば、自然素材だけでは今は家が建てられないということなのか、という質問を受けた事がある。確かに、今すぐ石油化学建材を完全に排除することは難しいだろう。しかし、この「できるだけ」という言葉には実はまた別の意味が込められている。

 まず、僕らは輸入材の使用を減らし、国産材、それも地元の木で家を建てようと考えている。日本には筑後200年維持されている木造建築がおよそ一万棟あるが、このうち修復工事などなど何も行なっていないにも関わらず、その性能を維持しているのが300棟以上あるという。それらの木造建物に共通しているのが、地元の木を使用している、ということであり、木はそれが育った環境の中で使われる事の合理性を実証してくれている。そして、勿論、地元の木を使うことは物流のコストを抑え、荒廃し続ける日本の森林を復活させようという意図があってのことだが、実は、1本の柱を作るのに、枝打ち間伐にはじまり製材に至る工程の中で約その4本分の端材が利用されずにただ捨てられている、という現実に目を向ける必要があると考えるからである。僕らはこれをいかに有効に利用するか、ということにも同時に対処しなければ、本当の意味で健全な森林を取り戻す事はできない。そのためには無垢の木だけに固執せずに、国産材による集成材、合板・ボード類の積極的な利用を考える必要があるのである。

 集成材や合板類は石油化学から生まれた接着剤を使って作られているから、本来ならその使用を避けたい材料であると言える。これが輸入材によって作られているものなら、やはりその使用は避けたいと思う。
 石油化学工業の発展により石油の消費量が急激に伸び、それが現在、地球温暖化問題の大きな要因のひとつと考えられているが、元々、原油の中には燃料として利用できない様々な余分な成分が含まれており、石油精製の過程でそれが取り除かれるが、昔はこれをただ焼却処分していた。だから昔の精油工場ではモクモクと黒い煙が上がっていた。


 しかし、石油化学はこうした成分をとことん利用するまでに発展して来たので、今では製油所の煙突からは殆ど水蒸気しか出ていない。我々が石油を燃料として使っている限り、こうした副産物も有効に利用しなければならないのである。
 今は集成材や合板類に使われる接着剤の殆どは我々の健康に配慮したものになって来ている。自然を守るために必要となる石油化学建材があるなら、我々はそれを積極的に使用したいと考えている。それが「できるだけ」という意味である。

 大手ハウスメーカーの中には、すでにこうした環境への取り組みの一貫として、これまでのホワイトウッドなど外材による集成材から国産材の集成材への転換を始めているところも出てきている。
 エコを考えて「マイ箸」を持ち歩いている人がいるが、それよりも「国産の割り箸」を積極的に使おう、という活動の方がより有意義なことだと言えるのではないだろうか。

2009年5月26日火曜日

11-2:長寿命住宅への課題/スローハウジング


スローハウジング

 「大地に還る家」を考える時、まず必要なことは、これからの日本の家はできるだけ小さな生産エネルギーで造られなければならない、ということである。その為にはまず、石油の呪縛から解き放たれなければならない。できるだけ石油化学製品を使わない建材を吟味して選ばなくてはならない。

 しかし、生産エネルギーの大きな建材は勿論、石油化学から生まれた新建材だけではない。例えば、住宅建材の中にはアルミサッシに代表されるアルミ製品が数多くある。アルミニウムは電気分解によって精錬されるため、「電気の缶詰」と呼ばれるほどその製造過程で多量の電力を必要とする金属であり、さらに製品にする為にもまた多大なエネルギーが投入される。また、石油もそうだが、アルミの原材料であるボーキサイトは日本では全く産出されない鉱物だから、100%海外からの輸入に頼っている。先に「マテリアル・マイレージ」と名付けた通り、こうした輸送にかかるエネルギーもきちんと評価しなくてはならない。

 アルミサッシを、例えば、木製サッシにすれば相当小さなエネルギーで済むことになる。勿論、この木製サッシを海外から輸入するのではやはり多大な輸送エネルギーを消費することになってしまうから、国内で、それもできれば地場で造られるものを採用してゆくようにしなければならない。
 
 こうした考え方は、グローバルスタンダードが叫ばれているこの時代に逆行しているように思われるかも知れない。しかし、現実には世界がグローバル化してゆく一方で、地域のアイデンティティを取り戻そうという動きが益々強まっているのも事実である。

 一時期、「スローライフ」とか「ロハス」といった言葉が流行った。スローライフは、元々、ローマにはじめてマクドナルドが進出して来た時にファーストフードに異を唱えた「スローフード」という言葉に始まる。後にスローフード協会の会長となるカルロ・ペトリーニが友人達と食事をしていた時に生まれた言葉だと言われている。1986年、北イタリアはピエモンテ州のブラという小さな村に発足したスローフード協会は、今では世界38カ国に6万人以上の会員をもつ大組織になっている。

その運動は、
1) 消えてゆく恐れのある伝統的な料理や質の高い食品を守ること、
2) 質の高い素材を提供してくれる小生産者を守ってゆくこと、
3) 子供達を含めた消費者全体に味の教育を進めてゆくこと、
という3つの活動から成っている。

 この「食」についての考え方を少し広い視野でとらえ、人々の生活全般に目を向けようというのが「スローライフ」と言えるだろう。

 「ロハス」は、Lifestyle of Health and Sustainabilityの頭文字LOHASから生まれた言葉である。読んで字のごとく、健康で環境を破壊することなく維持できるライフスタイルのことで、アメリカの社会学者Dr.ポール・レイの研究から生まれた言葉である。

 大量生産・大量消費社会が生んだ様々な環境破壊を反省し、地球環境・人間・社会に優しさを追求しようというライフスタイルで、それはスローライフの概念に近いものがある。そして、いずれもかつての過激な環境保護運動とは違い、地球環境に対して個々の人間が如何に優しく接するか、という概念を共有していると言えるだろう。

 さて、スローフードがスローライフに発展すると、今度は当然、「スローハウジング」などという言葉が生まれて来る。
 スローフードの活動には「地産地消」、即ち、地元で生産したものを地元で消費する、という考え方がある。その土地で取れる食材を使って、その土地の気候風土にあった料理を作る。伝統料理とは正にその土地が生んだものであり、その土地で食されてこそ美味しい料理と言えるのである。

 料理は新鮮な食材が手に入らない地域で発達すると言われる。新鮮な食材が手に入る地域では、多少の塩気を加えるだけで食材そのものの美味しい味を活かせるが、新鮮な食材が手に入らない地域では、その食材を美味しく食べるために手を加えなければならないからである。

 流通や冷凍技術が発達した現在では世界中のどんな新鮮な食材でも手に入れることができるようになり我々はいつでも世界の料理を口にすることができる、ということが当たり前の時代に生きているが、それは、同時にその土地の固有の食文化を喪失させることになった。

 スローフードの地産地消をスローハウジングに置き換えてみるとどうなるだろうか。

その土地で育った木を使って、その土地の気候風土に合った家を造る。そして、伝統的な家造りの知恵と技術を守る、

ということだろうか。

 「その土地の気候風土に合った家を造る」というのは、先にお話しした正にパッシブデザインのことであり、世界中の住居がその長い歴史の中で育んで来たものである。そして、「その土地で育った木を使って家を建てる」というのは、日本では昔はごく当たり前に行われていたことだった。しかし、今はどうだろう。日本のあらゆる地域に北米や南洋など外国で採れた木材で家が建てられている。何故なら、国産材よりも外材の方が安いからで、これは自由主義経済の道理である。その結果、日本の林業は急速に衰えてしまった。

 日本の森林率、即ち、国土面積に対する森林面積の割合は67%あり、日本は先進諸国の中では珍しく森林率の高い国なのである。イギリスの森林率は10%しかなく、アメリカで32%、森林のイメージが強いカナダでさえ54%という。
 このように、日本は森林の国でありながら、現在国内の木材はその20%も使われていないのである。歴史の中でずっと木の家を造って来た日本人が、経済原則だけで招いてしまった結果がこれである。

2009年5月25日月曜日

11-1:長寿命住宅への課題/エコロジカル・フットプリント


エコロジカル・フットプリント

 最近、新聞やニュースなどで「持続可能な社会」という言葉がよく登場する様になった。これは地球温暖化という現実とも密接にリンクしているが、今、こうした問題を誰もがより身近に感じることができる「エコロジカル・フットプリント」という新しい指標ができている。

 これは、人間がどれほど自然環境に依存しているかを分かり易く示すもので、人間活動により消費される資源量を評価・分析し、人間一人が持続可能な生活を送るために必要な生産可能な土地面積として表したものである。簡単に言えば、人間一人が使っているエネルギーの量を土地面積に置き換えて表したもと言ってもいいかもしれない。

 例えば、これを各国で比較してみると、日本人が必要とする生産可能な土地面積は2.3ha、アメリカは5.1ha、カナダは4.3ha、インドは0.4haで、世界平均では1.8haとなる。このままではちょっとピンとこないかもしれないので、ちょっと分かり易いもので比較してみよう。

 では、皆さんは「一坪」という面積の単位がどんな風に決められたかご存知だろうか。実は、1坪というのは、人一人が平均して一日に食べる量のお米が取れる田圃の面積を表したものである。一反(いったん)は、一坪の360倍で、人一人が1年間に食べるお米ができる田圃の面積となる。これをm2に直すと、1,190m2で、haにすると、0.119haとなる(約34.5m角の面積)。これが日本人一人が一年間お米を食べる為に使っている面積ということになる。

 勿論、我々はお米だけを食べて生きている訳ではないし、その他、様々な活動のためにエネルギーを使っている。しかし、日本人のエコルジカル・フットプリント2.3haというのは、その19倍以上の大変な面積であること分かるだろう。

 そして、地球上で気候資源が程よく恵まれている陸地の一人当たりの面積が西暦2000年で約1.5haという資料と照らし合わせると、世界平均のエコロジカル・フットプリント1.8haというのは、その1.2倍ということになる。即ち、人間活動は実際に使える地球上の陸地面積をすでに超えてしまっている、ということである。

 「田園を眺める家」はそのネーミングの通り、前面に広がる田園風景を一望できる200坪余りの敷地の中に建つ平屋の家である。車でたまたま通りかかった時に、分譲されていたこの土地を見て一目で気に入り、夫婦でここに移り住む事にしたのだと言う。近くの農家から別に土地を借りていて、一年前から、そこに季節の野菜を植え、その手入れの為に毎週船橋から車で一時間半かけて通っているとのことだった。ヨーロッパ、アメリカ、そして香港で暮らし、定年を迎えて日本に帰ってきた夫婦が選んだ第二の人生は、自ら畑を耕して暮らすという晴耕雨読の生活だった。

 しかし、設計条件はもっぱら農家の家を造る事ではない。キッチンには一般家庭にあるシステムキッチンの他に、採れた野菜を洗ったり保存したりする広い土間を確保しなければならなかったが、海外で集めたアンティック家具が所狭しと置かれるリビングやダイニング、和室などは、旧来の友人や海外から遥々尋ねて来る客をもてなすためのスペースであり、特にダイニングはこの家の最も象徴的な場所として南面に飛び出すように配置されている。実はこのダイニングの位置が決まらなくて十案もプランを描き換えた様なものなのである。

 この老夫婦は、ヨーロッパにいた時には、食事はいつも戸外のテラスで取っていた。だから、ダイニングの他にそんな屋根付きの大きなテラスを造り、そこで食事がしたいという希望だった。僕自身、イタリアでの生活や、夢のリゾート計画でお話しした会社の社長が持っている広大な敷地の中の古い建物のリニュアルのためにフランスの片田舎に二年に一度くらいのペースで呼ばれ、その都度、2〜3週間缶詰になっていた時など、戸外で取る食事の楽しみがよく分かっていた。ヨーロッパとはそんな穏やかな気候の土地だった。しかし、日本はやはりちょっと気候が違うし、ここは田圃のど真ん中で風を遮るものも何もない。実際に戸外でくつろげる日はそう多くはない筈だ。それに、小さな家のつもりが、施主の膨らんでゆく希望でどんどん大きくなり、予算的な面でも何かマジックを考える必要があった。そこで僕が選んだ解決法は、ダイニングをテラスに見立てることだった。ダイニングは丁度六帖の広さの長方形のスペースで、その長方形を縦に配置し、短辺となる南側全面を総てガラス張りにしたのである。枠も見せない様にすることで内と外の境界を消し、あたかも外界と空気が繋がっているテラスのようなダイニングを演出したのである。そして、そこから見える風景は一面の田園である。

 僕はこの敷地に立ち、まだその苗が伸び始めたばかりの水面を眺めながら、すでに人間の活動が実際に使える地球上の陸地面積をすでに超えてしまっている、というエコロジカル・フットプリントに思いを馳せ、世界を飛び回っていた商社マンが、晴耕雨読の生活に立ち返ろうというこの「田園を眺める家」が、「大地に還る家」の出発点として相応しいもののように思えた。